妻との議論集:モノ消費ではなくコト消費

妻との議論集:モノ消費ではなくコト消費

議題は「幸福」
妻と議論をしていると、自分の考えが整理されることが多々ある。その考えを記録するために始まったこの「妻との議論集シリーズ」。
昨晩の議論では、“自分が何の為に子供たちに空手を教えているのか”という考えが整理された。
発端となった議題は、妻がポッドキャストで聴いたという『経験をお金で買うと幸福度が増す』という話だった。…と思う。酒が入っていたので若干曖昧。
“モノ消費ではなくコト消費”をすることで幸福度が増す、という事だったと思う。
そこからなぜ“子供たちに空手を教える意義”に至ったのか不明だが、結論から言うと私が子供たちに空手を教えるのは、『空手を通して成長し、ゆくゆくは幸福を自ら見つけられる子になる』ということらしい。
“らしい”とは他人事のようだが、もともと複雑な命題であるしこれだけでもないので、一言では表しにくいのだ。
文字数稼g…もとい。更なる整理のために、妻との議論を辿ってどのようにしてこの結論に至ったかを記したい。

妻との会話
妻:「そなたの趣味である格闘技はコト消費である。そなたは幸福か」
私:『はっ、幸福であります。私の思考と時間の多くは格闘技に使われます。自分の習い事である柔術でも、教える立場である空手でも、私の幸福に寄与しています』
妻:「そなたは空手では月謝をもらう立場であるが、子供たちに対してはどのようになってほしくて指導をしているのか」
私:『空手を通して成長の糧を掴んで欲しいと思っています。例えば、試合で勝っても負けても“次も勝てるように頑張る”、“次こそ勝てるように頑張る”とか、“もっと型が上手になりたい”、“もっと上手になるにはどうしたらいいだろう”とか、自分で考えられる力を得て、それを以って成長してほしいと思っています』
妻:「それは子供の幸福にはどう寄与するのか」
私:『そのようにして自分で考えられる力を育てることによって、将来どんな境遇にあってもお金ではない幸福を見つけられる人になってほしいと思っています。詳しくは読んでいないですが、今日見た情報に上皇后さまの“幸せな子を育てるのではなく、どんな境遇におかれても幸せになれる子を育てたい”というお言葉を見ました。これは非常に得心がいきました』
妻:「さよか。下がってよい」
私:『はっ(サササッ)』

楽しさに基づかないと
成長はまだしも、“幸福”というと大変におこがましいし難しい。
成長にしても幸福にしても、つまるところ、空手そのものを楽しめないと実現は難しいので、まずは楽しむことを教えられたらと願っている。
それも難しいのであるが…。