難しい技術
2024年12月7・8日、友好道場である延岡・恵誠会の合宿に参加してきた。“キツいけど楽しい”と、毎年闘気塾からも参加し、今回は私を含め7人の参加。
二日目の午後、腹ごなしにと私がサブミッション(絞め技・関節技)の説明と体験を、中学生以上の人たちにおこなった。三角絞め、腕十字、十字絞めの説明と体験。みんな頭の中が「???」となりながら、実際にやってみる。しかし私の拙い技術と説明のせいで、みんなうまくできない。まぁなにせサブミッションは難しい技術。説明も難しければ実際にやるのも難しい。
何人かの人に私が実際にサブミッションをかけ、“やられる側”の体験もしてみる。そしていざ自分でやってもらうも、やはりみんなうまくできない。そのみんなの姿を見ながら私は柔術を始めた頃を思い出した。
技術習得の過程
私が柔術を始めた頃、たしかにいくら先生の説明を聞いてみても、技が相手に正しくかかる感覚が掴めなかった。『これ、本当にいつかできるようになるのか?』と疑問に思いながら練習したものだった。しかし、練習を重ねに重ねるといつしかできるようになった。そして今では、技の形に入って『これは極まる・極まらない』というのが、感覚で分かるようになった。
格闘技だけでなく様々なことに言えると思うが、練習や経験を重ねることで到達する“段階”みたいなものがある。それは可視化できないし定量化できるものでもないので、ちょっと言語化が難しいのだが、確実にその段階はある。
その段階に至って初めて技術を自分のものにできる。そしてさらに練習を重ねると、その技術から派生して他の技術の理解度も深まる。点から線になり、面になっていくように、できる技術も広がっていく。もっと進むと、やったことない技術でも初見で「こういうことでしょ?」という感じでできるようになることも。
このように言うと、さも“段階が進むたびに技術の習得は加速度的に速くなっていく”ように聞こえるが、そうではない。段階が進めばまた違う技術が見え、そしてそれは必ず難しい技術だから。
難しい技術の習得のために練習を重ね、また段階を上げていく。技術習得の過程はそのように、決して終わりのない旅のようなものだ私は考える。
なんちゃって。偉そうに技術習得の過程を考察してみたけど、私は大した格闘家ではありません。お許しを。


