光栄なことに
私は現在、空手道において五段をいただき、ブラジリアン柔術においては紫帯をいただいている。
しかし、私の格闘技の技術は特段優れているわけではない。私はなんでも10あったら5の男。“THE 中庸”それが私。
試合も“出たことがある程度”で、ほとんど興味がない。指導者としても中庸そのもので、地方大会優勝者などは複数いるものの、全国大会優勝者を排出したなどということもない(これはもちろん私の力不足による)。
そんな私だが、ブラジリアン柔術ではたまに道場の代表が仕事などで不在にするときに、インストラクターとしてクラスを担当することがある。また、宮崎市佐土原町にあるポーラージム宮崎さんにおいても、ジム代表が不在にするときにインストラクターとしてクラスを担当することがある。そんな具合に、光栄なことになにかと頼っていただくことがある。
なぜ頼っていただけるのか
これはなぜだろうか。なぜ私なんぞに頼っていただけるのか。私にも分からない。分かる人がいたら当HPの問い合わせページから教えてください。
で、あくまでも推察だが、一応、基本的なことはできるということが大きいのかと。基本的なことができるから段や帯、信頼をいただいているのであって、それによって任せていただけるのだろう。
そして指導歴。私は極めて口下手な人間であるが、“空手の指導者”というバイアスがあって、それで各道場の代表たちは「指導歴があるし、多分そつなくやれるだろう」となるのではないだろうか。本当は“そつ”がありまくりなんだが(笑)(ところで、“そつ”の語源ってなんだろう)
あとは人間性というのもある。あ、決して“私の人間性が優れている”と言っているわけではなく、人に対してトゲなく接するというのは、指導をする上では結構大きい(と思う)。
私も一部の指導を指導員たちに任せているが、その人たちの人間性は観る。というか、任せるにあたっては人間性が一番重要な要素。当たり前だが、平気でハラスメントをするような人には任せられない。
私は表面上いい人ぶっているので、各道場の代表たちはそれに騙されているのだろう(笑)
格闘技に前向きなおじさんの行きつく先
そんな感じで、私は特段強くもないけどたまにいろんな道場のクラスを担当する格闘技おじさんとして存在している。これは決して“おじさん(私)すごいでしょ”という話ではなく、なんでも前向きに取り組むことが人生を豊かにするのではないか、ということが言いたいのだ。
ブラジリアン柔術を始めたときは、自分がクラスを担当するなどとは全く想像しておらず、純粋に護身術と格闘技を学びに行っていただけだった。また、ポーラージム宮崎でも、ただ格闘技仲間の手伝いに行っていただけだった。それがいつの間にかクラスを任せられるようになっていた。
いくら格闘技が好きとは言え、私だって疲れている時もあれば、練習に行くことがおっくうになることもある。でも、行けば楽しいことが分かっているので、気持ちを前向きにして道場に向かう。
そんな感じで、大した技術もない普通のおっさんが、道場生や仲間とともに前向きに格闘技を楽しんでいたら、さらに人生を楽しむ要因が増えて、もっと豊かになっていく、という流れ。
おそらくだが、私は仕事を引退しても毎日道場生や仲間とともに忙しく格闘技をやっていることだろう。
とはいえ、体がガタガタなのは言うまでもない。体と引き換えに豊かな時間をもらう。それが格闘技おじさんの行きつく先。
いつまでも続けていたいが、いつまで続けられるか…それが格闘技おじさんの行きつく先。


