貴重な経○

貴重な経○

リングの上での演武
6月2日、闘気塾の本拠地である宮崎県高千穂町で小規模のプロレスが興行され、我が闘気塾と友好道場である延岡・恵誠会が前座を務め、リング上でそれぞれ演武を行った。
チビッ子による型や板割り、小学高学年や中学生・高校生・大人による組手、女子中学生の板三方割りなどを披露し、まずまずの盛り上がりを見せた。
最終演目は、西都道場の男子中学道場生Dによるバット折り。Dはスピードのある多彩な蹴りが持ち味の選手で、先日行われた組手の大会でも、上級部門で準優勝を果たした強者。Dなら演武のトリを任せるに足るという思いで最終演目に選んだ。

Dのこれまで
そんなDは昔から強かったわけではない。
Dは保育園年長から空手を続けているが、決して器用な方ではなかった。そのため、組手ではなかなか結果が出なかった(型は得意だが)。
小学生の時は道場内のライバルたちと切磋琢磨し、入賞はするものの決勝まで進むことはあまりなかった(準優勝したことがあったが、道場内ではほぼ“奇跡扱い”という不遇)。
私は、Dが何度も悔しい思いをし、何度も涙を流す姿を目にしてきた。それでもDは諦めずに課題に取り組み、ひたすら練習し、ずっと挑戦し続けてきた。
そんなDが、先日の大会では練習してきた技や動きをし、持ち合わせている自分の力を出し切って準優勝を獲得した姿に、親御さんも私も感動した。

いざ、バット折り
そして、Dの初めてのバット折り挑戦。
大きく呼吸しながら高ぶる気持ちを抑え、何度も蹴りをシミュレーションするD。バットを持ちながら成功を祈る私。静かに見守る観客。
Dは気合いを十分にためた。

『セイッ!!』

気合いの声と共に放った蹴りはバットを捉えたが、折れない。
もう一度気合いをため直し、集中力を高めるD。

『セイッ!!』

それでも折れないバット。4回ほど蹴りを放ったが、それでも折れないバット。
バット折りは、ちゃんと折れると痛くないのだが、折れないと脛が痛い。案の定Dは苦痛に顔をゆがめて床に膝をついた。

『ギブです』

Dはそう呟き、仲間の肩を借りながら演武のリングから降りた。後から見ると脛は腫れ、真っ赤になっていた。
自分では動けないため、母親に脛を冷やしてもらいながら悔し涙を流すD。
中学生になってもなかなか悔し涙から解放されないDが少しかわいそうではあるが、その悔し涙がこれまでのDを成長させてきた。

ある一言が言える貴重な経験
私はいつかDたちに自分で道場をやってほしい、指導者になってほしい、と密かに思っている。
いつかDが道場を開いて子供達を指導する際、同じように板割りやバット折りなどの演武をさせることがあるだろう。
そして、演武の舞台を前にして不安に思う子供たちにDはこう声をかけるだろう。
『失敗してもいいよ。先生も演武で失敗したことがある。だから大丈夫。』

Dは今回、この一言が言える貴重な経験をした。

Dが脛を冷やしているとき、私が「いつかリベンジでまたバット折りしよう」と言葉をかけると、Dははっきりと『はい』と返事をした。
この貴重な経験を糧にし、いつかリベンジを成功させ、また大きく成長してくれるだろう。