悔しい結果
2025年6月25日、ひなた武道館(宮崎県武道館)で硬式空手の大会があった。
硬式空手は闘気塾の空手(フルコンタクト空手)とは競技形式が違うが、同大会では型の部も行われるとのことで、闘気塾は毎回型の部で参戦している。そして今大会には6名が参加した。
みんな数か月前から懸命に練習し、それなりにレベルを上げて臨んだ。実際の試合でも、練習の成果をきちんと発揮した。
しかし、結果は1名がワンマッチ優勝しただけで、あとはほとんどが一回戦敗退(1名は二回戦敗退)となった。
他道場の選手たちはほとんどが伝統系空手の型を披露していたが、闘気塾の選手たちはフルコンタクト空手の型。フルコンタクト空手の型はどうしても伝統系空手の型には及ばないところがある。なぜなら、フルコンの型は実戦の力強さを表現した型を重視するが、伝統派の型はキレや華やかさ、様式美が極限まで洗練されているから。
そんな中でも、闘気塾の型コーチであるダイキは伝統系空手の型で臨んだが、敗退した。要は、全体的に力が及ばなかったということだ。実に悔しい。正直、頭の中が真っ白になるほど悔しかった。このままでは終われない。
試合直後、選手たちや親御さんたちにある提案をした。型専門のクラス“型コンペティションクラス(略して型コン)”の創設だ。
型コンは、その名の通り型だけを練習するクラス。そしてコンペティション(競技)と冠するだけあって、あくまでも型の試合に向けたクラスだ。
型コン開始
知っている人は知っているし知らない人でも知っていることかもしれないのに知っている人でも知らないことであり知る人ぞ知ることだが、型だけの練習というのは精神的になかなかツラい。子どもでも大人でも。
なにせ練習が地味。同じことをひたすら繰り返し稽古して挙動の順番を覚え、さらに繰り返して精度を極限まで高めるのが型の練習。その型コンを開始した。
が、案の定、最初の一回だけ来てもう来なくなった人も複数いた。がんばって続けている人でも、何回かやっているうちにちょっと飽きてきた人もいた。女子高校生指導員でも「型練習の間に組手を挟んでくれたらいいのに」とぼやくほど。それほど型ばかりの練習はなかなかしんどい。
そうこうしているうちに、10月11日に日南市で行われる大会の案内が来た。その大会は小さい規模ながら型部門もあり、以前から闘気塾の道場生の多数が出場している大会。
型コンに参加している道場生もほとんどがエントリー。その大会に向けて、さらに練習を重ねることになった。
しかし、大会3週間前になってもなかなか集中できず上達しない“型コン”メンバーたち。いや、形は上達しているのだが、試合用の型にはなっていない。ある一定の技量に達した道場生には、難易度の高い伝統系空手の型を練習させているだけに、私はちょっと焦っていた。
ようやく試合用の型になってきたと実感したのは、大会2週間前。形もほぼ出来上がり、なおかつ、表情の作り方や俊敏さなども備わってきた。
大会1週間内には模擬試合を何度も行ったが、それを見ていた保護者たちも、みな一様に感心するほどにまで仕上がった。型コン開始当初はバラバラだった動きが、今や全員の動きに「気迫」と「一体感」が宿っていた。
武道は終わりがない
大会当日。試合は型部門の予選から開始。
低学年の部は、闘気塾3名を含む4名で競った結果、闘気塾の2年生男子道場生が優勝となった。
高学年の部は、これも闘気塾3名を含む4名で競った。闘気塾メンバーのうち、2名は伝統系空手の難しい型を披露。いずれも練習以上の出来と言える型を披露してくれたが、結果は他道場の選手が優勝となった。
また、一般クラスでも女性道場生が他道場の選手とワンマッチで対戦した。女性道場生も伝統系空手の難しい型を披露したが、結果は敗退。
全体的にまたも悔しい思いをした結果となった。もしかしたら贔屓目が入っているのかもしれないが、私の眼にはとても負けの内容には見えなかった。この悔しさを道場生と共にどう乗り越えるか、それを考えるのは指導者の最大の役割。私は主催の先生に「この大会の型部門で、最も重要視される判定基準は何ですか?」と問うた(本来これはタブー)。
先生の返答内容はここでは述べないが、対策をしっかりとやり、次こそはいい結果となるようにしなければならない。
型は練習を何度重ねても終わりが見えない。突き一つをとっても完璧な形というのは見えず、型が完成したと思っても、上には上がたくさんいる。
しかしこれこそが武道。自分との闘いこそが武道。終わりが見えなくても諦めずに精進することこそが、武道。
道場生にはそんなことを感じてもらえたらと思う。そして、指導者である私も、この悔しさを胸に、次こそは道場生と共に最高の舞台に立てるよう、精進を続けたい。武道に終わりがないように、指導者の挑戦にも終わりはない。

