ダラばな:脱力という不思議

ダラばな:脱力という不思議

ボクシングの名チャンピオンだった内山高志さんが動画の中でこう言った。
「僕は力を込めたパンチで相手を倒したことがない」
つまり、“相手を倒してきたパンチは力を入れていない”ということ。
内山さんと言えば、“KOダイナマイト”とあだ名されるくらい、対戦相手をバッタバッタとなぎ倒してきた名チャンピオンだ。右ストレートなんかは画面越しでも「ドンッ!」と音が聞こえるくらい、迫力あるパンチを持つ人。
そんな内山さんが、パンチを打つ際に力を入れていないとは。耳を疑った。

2025年12月のある日の闘気塾西都での練習。いつの日か20人組手を行う予定の指導員が、予行練習として居残りで20人組手を行っていた。
予行練習なので全力ではないものの、回数を重ねた指導員はやはりヘロヘロになる。
ところが、15人目くらいの時、指導員が何気なく放った左上段回し蹴りが道場所属の男性の顔にヒットした。指導員は普段からスピードのある左上段回し蹴りを得意としている。しかし、この時放った蹴りは、いつもの蹴りとは似ても似つかないほどスピードがなく、本人も当てる気がなかった。それが当たった。見ていた私も「え?なんで?」と不思議でならなかった。

そしてそのまま無事に20人をクリアしたが、意地悪な私は「21人目」をさせた。相手は私だ。
当然、指導員はヘトヘト。しかし、開始早々、指導員の右中段回し蹴りが私の脇腹にヒットし、悶絶した私は早々に離脱した。この蹴りも指導員は力をほとんど入れていない。
撮っていた動画を後から見返してみたが、やはりスピードも力も大したことのない蹴り。たしかにこの指導員特有の“効く蹴り方”で打ってはいたが、一発でダウンするとは到底思えないような、力の入っていない蹴りだった。
実に不思議。力を入れていない打撃がこんなに当たり、そして効くとは。

一つ思い当たることがある。“パンチは見えていれば耐えられる”という、いつぞやにボクシング選手が言った言葉。パンチに限らず、打撃は見えていれば当たる瞬間体を硬化させ、防御態勢を築ける。逆に、見えていなければ効くということ。
しかし、練習中の指導員の打撃は男性も私も見えていた。重要なのは、“指導員がヘトヘトになっているのを見て、男性も私もさほど警戒していない状態だった”、ということ。『速い攻撃や強い攻撃は来ないだろう』という心理状態だった。
つまり、心理的に“見えていないのと同じ状態”だった。
まさに、指導員の“ヘロヘロ”という脱力状態が男性と私に無警戒を生み、結果的に打撃を当てられ、効かされたのだ。

“格闘技に油断は大敵”

そんな当たり前のことを改めて認識した練習だった。
そして、武術を研究する身としては、『常にこの脱力状態を作り出せば、速く動かなくても力を使わなくても、労せずして相手を負かすことができるのではないだろうか』と思ってしまうが…そんなこと、漫画の世界でしか見たことない。ムリ!