大会で起きた悶着
2025年9月に、ある大会が行われた。その大会は、フルコンタクト空手と硬式空手が同時に試合を進行するというもので、互いの競技を知り、交流を深めようという趣旨だった。
第一回目というのもあり参加者は少なめであったが、県北地域に新設された真新しい体育館を使用した大会で、闘気塾からも2名が参加した。2名はそれぞれ優勝、準優勝となり、それなりに収穫のあった大会となった。
しかし、一つの悶着が発生した。
友好道場の選手の試合に立ち会った時だった。※友好道場の選手を仮にA選手、対戦相手をB選手とする。
両選手とも試合巧者で、際どい技を応酬し合う。その応酬の中で両選手がもつれて、2人は倒れ込んだ。すぐに起き上がったが、何かがあったのか互いの肩をぶつけ合った。若干ヒートアップしたようだ。両選手は互いに謝罪し、試合は再開された。
しかし、またもつれたようになり、今度はB選手のセコンド(以下、C氏)とA選手が何か言い争うようになった。それが2回ほどあり、主審はB選手側のセコンドC氏を退場処分として会場から出るように誘導した。だが、C氏は会場に舞い戻って来、すぐに主審に見つかり、再度出るように促されたものの、いつの間にかまた戻った。
その間、選手同士は当初のヒートアップを反省したように正々堂々と試合をした。強い選手同士なので、技の応酬は際どく、時に反則スレスレのようなこともあったが、その度に選手同士は謝罪をしながら最後まで戦った。
結果はB選手に軍配が上がり、互いに健闘を称え合う両者。試合後にはもう一度挨拶をし合い、互いに反省もしたようだった。
引きずる感情
しかし、事はそれだけで終わらなかった。
A選手がC氏にも謝罪をしたらしいのだが、C氏はそこでもA選手を罵ったらしいのだ。2人は険悪な様子で話をし、ついには倉庫に移動しようとしていた。『これはまずい』と思い、主審の先生、主催側の先生、A選手の先生、そして私が2人についていき、不慮の衝突がないように見守る中、話し合った。
2人の話し合いは、互いの主張の繰り返しになり、水掛け論に。そこでA選手の先生が割って入り、「やったやってない、言った言ってないの議論をしても結論は出ない。私たちがやっているのは武道だから、選手として至らなかった点、セコンドとして至らなかった点を互いに反省して、互いに『すみませんでした』と言って握手して終わろう」と和解を促した。
それでもなおC氏は納得がいかない様子だったので、他の先生も和解を促した末、なんとか互いに謝罪して和解した(それでもC氏はしぶしぶだったが)。
武道とは自己を律する場
格闘技はその性質上、プロの大会でも時々両陣営がヒートアップすることがある。ましてや、近年流行っている喧嘩自慢を集めたような興行では、しょっちゅう選手同士がリング外で衝突している。※パフォーマンスでやっている場合もある
それはそれとして、格闘技は一対一の“やるか・やられるか”の世界なので、アツくなる時があるのは分かる。
本来なら、互いに尊敬し合い、正々堂々と試合をし、終わったら互いを称え合って笑顔で握手して終わるのが武道の試合の姿だ。しかし、空手は格闘技としての一面もあり、選手同士や両陣営の負けん気が前面に出て、結果、アツくなることがあるのも分かる。選手同士やチームのその“負けん気”までも否定すべきではないとは思う。
大事なのは、そのアツくなってしまった後の行動。
武道は自己を律するためのもの。A選手側の先生が言うように、至らなかった点はすぐに反省し、それを行動で示すことが大事だろう。
興奮した両陣営の間の騒動は見ていて心苦しいものであったが、すぐに反省し最後まで正々堂々と戦い、健闘を称え合った両選手の姿こそが、私たちが目指すべき姿だろうと思う。
武道が自己を律するためのものである以上、感情に流されず、「いかに冷静に行動できるか」こそが、真の強さだと私は考える。
<今週の動画>
勝っても負けても、互いの健闘を称えあい、最後は笑顔で握手をする。

