楽しむには○○○の積極的関与が必要でして

楽しむには○○○の積極的関与が必要でして

楽しめなかった道場生
どこかの記事でも書いたことがあるが、以前、闘気塾西都にいた道場生でどうしても空手を楽しめなかった子がいた。練習をしていてもうわの空で、試合なんて到底考えられない。あまりイベント等に積極的でもなかったし、昇級審査は受けていたものの目標になっているわけでもなかった。お母さんが迎えに来るまで大人と一緒に居残り練習はしていたものの、気乗り薄でやっていた。その子は結局、小学校卒業と同時に空手も卒業していったが、空手の中の楽しみを提供できなかったのは私の力不足だ。
闘気塾日記で度々触れているが、私は“合わないものを無理して続けるよりも、早く合うものを見つけたほうがいい”という考えだ。その意味で、その子は空手を卒業して正解だったと思う。

主な“楽しむ”の種類
私は、子どもが習い事を通して成長するには、簡単にいうとその習い事を“楽しみながら続けること”が重要だと思っている。まぁ楽しむことができれば、自然に続けることもできるわけだが、“どんな楽しみ方があるのか”、“どうすれば楽しむことができるのか”というところを、闘気塾を例に考察してみたい。
あ、ここで言う“楽しむ”は遊びなどの“楽しむ”ではなく、“試合や仲間との交流、目標を通して競技そのものを楽しむ”ということ。

○楽しんでいるということが顕著にわかるのは、試合への出場。やはりその競技を楽しんでいる子は、試合に積極的に出ている。そして試合にいい結果が伴うと、もっと楽しむことに繋がる。
○イベント類に参加するのも一つ。合宿や練習会などのイベントを積極的に参加することも結構大事で、その時はキツくても、その負荷がやがて楽しみに変わるし、なにより仲間とのふれあいの時間が子どもにとってはなによりの楽しみだ。
○試合に出ない子でも、別の目標を持つことも楽しみの一つ。例えば、帯の色が変わる昇級審査もそう。また、闘気塾で言えば“型の免許証”もその一つで、子どものコレクション欲求を刺激し、それを集めることを目標にしている子もいる。

細かいことを言えばもっとあるのだろうが、まとめると、“試合・イベント・目標”が楽しみ方の代表かと。逆を言えば、これらに楽しみを見出せなかった場合は、続けることが難しくなるという仮説も立つ(あくまでも仮説だが)。

保護者の積極的関与の重要性
子どもがその競技に楽しみを見出して続けるには、一つ大きな要因がある(と思っている)。
保護者がどう関わるか、だ(私見です)。
闘気塾には現在、親子で空手をする家庭が5組在籍しているが、いずれの家庭も子どもは積極的に試合に挑戦するなど空手を楽しんでいる。また、一緒に空手をしないまでも、練習の様子を見て励ましたりイベントに参加することを促したりする家庭の子も、空手を楽しめている印象だ。
要は、保護者が積極的に子どもの空手に関わっているかどうかが、結構大きな要因だと思っている。
決して“子どもがその競技を楽しめない・続けられないのは保護者のせい”と言っているわけではなく、“子供がその競技を楽しむには、保護者の関わり方が大きな要因の一つかも”ということ。
すべてを子ども自身に任せて親は一歩引き、子ども自身の考えを尊重し、自ら決めさせる、ということも大事だろう。しかし、子どもにとって“親は見てくれている”、“積極的に応援してくれている”、“いつも背中を押してくれる”という実感は、子どもがその競技を楽しむためには結構大事なんじゃないかと、今まで多くの道場生を見てきて感じている。

保護者が背中を押して試合に出て、全力で応援すれば子どもは達成感を得られる。合宿などのイベント参加を促せば、仲間との絆が出来て、その後の競技生活がより楽しくなる。昇級などの目標を作らせ励まし続ければ、いずれ自己肯定感が高まるだろう。
子どもが競技生活を楽しむためには、保護者の積極的関与の役割は大きいだろう。そして、子どもの背中をそっと押すことで、親もまた子どもの成長を共に楽しむことができるのではないかと思っている。