内気で心優しい女子中学生A
闘気塾西都に所属する女子中学生のA。兄の背中を追いかける形で空手を始めて5年が過ぎた。
そのAがある日の組手練習中、急に泣き出して自ら練習から外れた。その時私は小学生たちの練習を見ていたため、すぐに話を聞きに行くことはできなかったが、小学生たちを指導員に任せたあと、Aに話を聞いた。
Aは、学校のある一人の同級生が意地悪をしてくることを練習中に思い出してしまって、思わず涙したという。
私はストレス発散が必要だろうと思い、Aにミット打ちをさせ、それが終わる頃には少しすっきりした様子だったので安堵した。
Aには過去にも似たようなことがあり、その時も悩んでいたが、その時のAはあえて厳しい練習である“コンペティションクラス”に参加することで、自分を鼓舞した(その様子は過去回を)。
正直、Aがキレて蹴りの一発でも放てば意地悪をしてくる同級生たちなどひとたまりもないだろうが、Aはもともと内気で優しい子。そんな粗暴な選択はしない。その代わり、何らかの方法で“自分を強くする”という選択をするという子だ。
2025年のある日、Aは昇段審査を受けることにした。
昇段審査は合格すれば黒帯初段を授与されるものだが、それには基本的な稽古はもちろん、難しい型を完璧にこなす必要がある。さらにフィジカルトレーニングなど諸々の審査項目をクリアしたあと、最後に10人組手を完遂しなければならないという、とてもハードなものだ。スタミナに不安を残すものの、Aは“何かを吹っ切るように”その審査を受けることにしたのだ。
私はAが持ってきた審査申込書を見て少し迷った。ずっと母の後ろをついて回ったり、私がAに何かを話してもすぐ母に頼ったりするなど、まだまだ甘えたところのあるAを、審査を受けさせるか否か少し迷ったのだ。しかし、“黒帯という立場がAの自信になり、成長させること”を期待して、受審させることにした。
昇段審査
審査当日。一緒に審査を受ける母と共に型のおさらいをするA。思ったほど緊張はないようだ。
最初に行う基本稽古。黒帯を受審するAは、ほかの受審者の前に“お手本”として立つ。Aは問題なくこの基本稽古をこなす。そこから基本移動、応用移動などの審査項目を行い、ようやく休憩。Aはすでに汗をたくさんかいていた。
そして型。みんなと共に基本的な11の型をこなし、その後、黒帯の型2つをみんなの前で披露するA。
Aの初めての試合は型の試合だった。そこで緊張のあまり型を忘れてしまい、審査員の前で立ち尽くして失格になるという苦い経験がある。Aはそれほどもともと内気な子なのだ。
私は審査でそういう事態にならないか若干心配していたが、これまで数々の挑戦をして成長したAにはいらぬ心配であった。難しい型を素晴らしい精度でやりきり、無事に仲間の拍手を受けた。
しかしAは汗だく。それもそのはずで、ここまでで約1時間15分ほど動きっぱなし。
その後、フィジカルや柔軟などの審査をこなし、いよいよ10人組手。相手は男性や黒帯の先輩、そして母親だ。
この前の週に予行練習として10人組手をやってみたAだったが、やはり練習と本番は大きく違う。Aは3人目で早々に涙を流し始めた。5人目ほどで吐きそうになり、手で口を押える仕草をする。倒れればそこで審査終了。泣いても吐いても手を止めるわけにはいかない。
涙の黒帯
最後の10人目は母。母の思いのこもった突きを喰らい、思わずダウンしそうになるA。しかしこれがAの気持ちを奮い立たせ、母に反撃をする。結局Aは最後までやり切り、マットに倒れ込んだ。Aの全力を尽くした姿に仲間も惜しみない拍手を送る。
ここで性格の悪い男(私)が声をかける。
「もう一人くらい組手やっとく?」
もちろん半分くらいは冗談なのだが、まだ“何か”を残しているように見えたAに、すべてを吐き出させたかったのだ。
Aはこの言葉に「やります」と答えた。もちろん、11人目の相手は性格の悪い指導者、私だ。
驚きながらも応援する仲間の声援を推進力にしてAは11人目の組手を終えた。母に抱きしめられながら涙を流すAを、仲間は改めて大きな拍手で称えた。同時に、Aは昇段審査のすべてをやり切った。
2025年12月9日、闘気塾西都の昇級・昇段式。
道場の仲間が免状と帯を授与されるのを見守ったあと、最後に、Aに初段の免状と黒帯を渡された。
仲間の前に立ち、感想を述べるA。途中で涙を流し始め、言葉が詰まるも、「いい指導員になれるようこれからも頑張ります」と力強く述べた。
これからのA
武道は自分との闘い。
稽古が面倒になった時でも稽古をし、痛い時でも歯を食いしばって耐え、対峙する相手が怖くても立ち向かうのが武道。折れそうな自分の心と闘い続けるのが武道だ。
内気で心優しく、すぐ涙を流すAは、今まで小さな挑戦を繰り返してきて自分を強くしてきた。決して順風満帆な空手ではないが、自分との闘いをやめなかった結果、黒帯を勝ち取ったのだ。
まだまだ頼りないところはあるが、これからは後輩たちに自らの経験を話し、優しく背中を押してくれる良き先輩になってくれるだろうと期待している。


