オリンピックの形(型)
昨年開催された東京オリンピックで正式競技となった空手の形(型)。
画面越しでも分かる気迫や重厚感、生で観たらどんなに感動するだろうかと感じたものだ。
空手発祥の地である日本の選手だけではなく、海外の選手もその気迫や重厚感を現出させる技量には驚いた。
会場では非常に多くの観客が観戦していたと思うが、選手が形(型)を演武する時だけは水を打ったような静けさだったのが印象的だった。
フルコンタクト空手の”型”と伝統系空手の”形”
オリンピックで披露された型は、フルコンタクト空手の型ではなく全て伝統系空手の形(型)である。
当道場・闘気塾はいわゆるフルコンタクト空手であるが、実はフルコンタクト空手は形(型)がちょっと苦手。
そこには経緯があるだろうから仕方ないが、フルコンタクト空手は形(型)ではどうしても伝統系空手には後塵を拝す印象がある。
ちなみに、闘気塾の塾長・甲斐清貴や私はフルコンタクト空手道場に身を置くが、どちらも伝統系空手の形(型)が好きだ。やっぱりかっこいいので(笑)
伝統系空手の形(型)は、そう簡単に真似できないほどに奥深い。
しかし、まれにフルコンタクト空手の選手が驚くような形(型)を披露することがある。
手前味噌のようだが、実は最近の大会で当道場の選手がそれをやってのけた。
型好き少年が辿り着いた”型”
その道場生は、小さい頃(保育園年長)から組手より型を好んで練習していた。
闘気塾では一つの型を習得するごとに免許証を渡しているが、その道場生は小学校卒業時には既に20数枚の免許証を所持するくらい、ずっと型の稽古に励んでいた。
小学生のうちから黒帯二段の型を習得し、数々の大会の(フルコンタクト空手の)型部門で優勝を重ねた。
それでも、会場を一つにするような型を打つまではなかった。
いろんな人に「かっこいいね」「すごい」と言われるが、それでも周囲を感動に巻き込むような型を打ったことはなかった。
しかし、中学生となった彼は最近の小さな大会で”それ”を現出させた。
彼は、型部門の予選を難なく突破し、決勝に挑んだ。
決勝の相手は同じ道場の選手。言わば、最も身近なライバル。
先に型を披露した相手の道場生はきれいな型を打ち、あとは彼の型を待つだけ。
彼の出番。披露する型の名称を叫び、一つ目の挙動を行った瞬間。
「バシュッ」という激しい音が響いた。
そこからの型は鳥肌が立つほどの迫力を擁した。
力強さ、間、気迫…完璧であった。
彼が挙動をする度に引き込まれる観客。話していた人たちもいつの間にか話をやめ、彼の型を見つめる。
大会の記録係の人たちも、いつの間にか手が止まり彼の型に見入っていた。
そして彼の型が終わった瞬間、対戦相手の道場生が思わず「負けた」とつぶやいた。
会場がなんとも言えない雰囲気に包まれる中、彼が優勝の表彰を授かる時、賞状を渡してくれる方が「感動しました。ぜひオリンピックに出場するような選手になってください」と声をかけてくださった。
彼を保育園年長から見ているが、彼は決して器用な方ではない。
しかし、”型が好き”という一点だけはずっと変わらない。
居残りで型を稽古し、型の講習会があれば足繫く通う。
”型が好き”という思いに努力を重ねて、辿り着いた深淵の型。
彼が披露した型は、一生私の記憶に残り、思い出す度に目頭を熱くさせてくれるだろう。