妻との会話集:ミットを持つということ

妻との会話集:ミットを持つということ

年を取ると単語が出てこない、または間違うということはよくある。私の職場のある人など、部下に指示を出す際、「あれをあれしといて」と言うことがある。部下は当然、「…いや何も分からないです」という反応。

闘気塾西都の指導員ターヒラは、ミットのことをマットと言ったり、モップという単語がでなかったり。ターヒラも40前…そのような年か。

私はプロではないが…
ある日の夕食時、妻がこんなことを言った。
「余(私)が通っている美容室の美容師は、客がドアを開けて入ってきた瞬間にその人が今日はどんな気分なのか、体はどんな状態なのか、髪はどんな状態なのか、を見極めるらしい。他にも似たような話があってだな(…うんぬんかんぬん)。そのような者はプロだと感じるぞなもし」と。
それを聞いた私は『あ~ミット持ちと一緒っすね』と返した。すると妻が「ん?それはいかなることか説明いたせ」となったので説明した。そして「ほ~。それ闘気塾日記の記事にせよ」と言ったので、今日はミット持ちについて(妻さんネタ提供ありがとう)。

あ。世界中7,000万人(ウソ)の闘気塾日記読者の方はご存知だと思うが、私はプロ選手経験者でもなければボクシングやキックボクシングのトレーナーでもない。長年、空手や手伝いに行っている格闘技ジムを通じて色々な人のミットを持ってきた経験だけで書くので、ここでの話は鵜吞みにしないでくださいね。
そしてミットについては過去記事でも触れたことがあるので、かぶっている点も多々あるのはご了承いただきたい。

打ち手を“感じる”
さて、ミットを持つということ。それはミットを打つ人(以後、打ち手)のことだけを考え、そして感じるということに他ならない。人との会話は、自分の主張を話すより相手の話をきちんと傾聴し、相手の真意を汲み取ることの方がはるかに難しい。ミット持ちも、実は打ち手より持ち手の方がはるかに技術が必要だ。

まず打ち手がその場に入ってきた時点、または自分がその場に入った時点で打ち手の人達の顔を見る。笑顔なのか暗い顔なのか、前向きな目線なのか下向きな目線なのか、などなど。それで打ち手のその日の感情を感じ取る。
道場やジムに来る人達の目的は人それぞれ。汗を流しに来る人、格闘技の技術を向上させるために来る人、ストレス発散のために来る人、みんな様々な目的で来る。もちろん練習の都度、カウンセリングをするわけではないので詳細まで知ることはできないが、顔を見た時点で、打ち手のおおよその気分はそれで感じ取ることができる。また同時に性別や体格なども見て、打ち手の筋力や柔軟性などを想定する。

ミットを持つ技術
そして実際に打たせる時。たいてい、一発目はジャブ(上の画像のような、前手でまっすぐ打つパンチ)を打たせる。その一発で、打ち手がどれくらいの力で打つか、どのような軌道でパンチを打つか、どれくらいの技術を持った人なのか、などを図る。そしてジャブから右ストレート、左フック、右ミドルキック、という具合に技を広げていく。
この時大事なのは、打ち手の打撃に合わせるミットの位置と角度と合わせる力加減、自分の立ち位置、そして声。
ミットの位置と角度が重要なのは、打撃音のため。打ち手の打撃がミットに当たった瞬間の「バンッ」という乾いたような、いい音を出すためだ。そして打ち手の打撃に合わせる力加減、これは打ち手の打撃感のために大切なこと。
例えば、力の強い男性が打ち手の場合は、ある程度持ち手も力を込めて合わせにいく。打ち手が“いい打撃をした”と感じられるように。しかし同じような力加減で女性の打ち手に合わせたならば、打ち手の女性は拳や肩が痛く感じてしまう。なので、打ち手の打撃に合わせる力加減も大切なのだ。
自分の立ち位置も結構大事。コンビネーション(技の連携)によって、技の一つ一つに打ち手が打ちやすい位置がある。例えば、打ち手が右ストレートを打ったあとに持ち手がサッと一歩下がって左ミドルを打たせるという具合。当然、打ち手の体格によって持ち手の位置取りも変えなければならない。
そして声も重要。最初は、打ち手の打撃がミットにしっかりと当たったら「ナイス!」というような声をかける。そして「次は少し強めに打ってみましょう」などと声をかけ、徐々に強度を上げていく。繰り出す打撃や動きの難易度も徐々に上げていきながら「いいですね!」「レベルが上がってますね」などと声をかける。打撃が当たる瞬間も「ハイッ!」とか「パンッ!」とわざと声を出す。そうすることで、打ち手が段々と気持ちよくなっていき、テンションが上がっていくようにする。

これらの技術を使うことによって、ラウンドが終わった時には、打ち手は息を切らしながらも笑顔で終われる、クラス終了後には“楽しかった”という思いで帰れる、という具合だ。
もちろん、プロの方たちだとこれだけでは足りないだろうし、私の技術なんてまだまだなのだが、以上のような感じでミットを持っている。

ミットを持つということは…
ここまで読んでもらうと分かる通り、ミットを持つということは、相手(打ち手)のことを見て、感じて、考えて、気持ちよくさせる、ということ。持ち手も、それを繰り返すことにより自分の技術が向上し、人を慮る習慣が身につく。
このようにして、ミット練習というのは打ち手と持ち手が一緒になって楽しい時間を創り出しているのだ。それはまるで、ミット打ちを通じてマンツーマンで会話するかのように。

一般の人たちは「格闘家は乱暴そう」というイメージを持つと思う。しかし実際は、格闘家の多くは腰が低く、粗暴な人がいない。若い頃はやんちゃだったような人も、格闘技を長く続けると礼儀正しく穏やかな人になる。これは、“格闘技は決して一人では成り立たない。誰かの協力があって初めて成立する”ということを、身をもって知っており、常に周りに感謝の念を持つから。
そんなことを学べるのも格闘技のいい点だと、私は強く思う。

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