”スウィーツ”。それは魅惑の言葉。
私は酒が好きだが甘い物も好きだ。一応、健康を気にして過剰摂取をしないように気を付けているが、欲望に従ったならば大福3つ、もしくはケーキ3~5くらいは一気に食すであろう。それくらい甘い物が好きだ。
スウィーツの歴史は、どうも古代エジプトが発祥らしい。
私は歴史が好きなのだが、様々なものの発祥を調べると結構な確率で古代エジプトか古代ギリシャ。
どんだけすごい文明だったんだ。あ、あと中国も。
たまには叱ります
私は子供に甘い。甘すぎて以前は道場生の親御さん達によく苦言を呈された。
指導が甘く見えるのは私なりの論理があるのだが、ここでは書かない。
そんな子供に甘い私でも、たまに叱ることがある。叱ると言っても、激しく怒鳴りつけたり折檻するほどに叱るわけではないのだが、それなりに𠮟る。
𠮟る場合の一つが、組手中に”相手を侮る言動を取った時”。
組手稽古は、年上も年下も、先輩も後輩も入り混じって行う。人数が多い時や指導員たちの手が空いている時などはクラスを分けて行うこともあるが、それでも多少の力量の差がある中で稽古を行う。
相手に合わせて力加減をするのも技術と思いやりがいるのだが、子供はまだまだ技術が発展途上であるし、”相手の力量に合わせる”という思いやりもまだできないことが多い。
結果、年下や後輩相手に強い組手になってしまう事がある。
それはまだいい。真剣に稽古している姿であるし、周りに教えられながら身に付けるものだから。
武道を学ぶ者として
ところが、たまに相手を小馬鹿にしたようにこれをやる子がいる。このような時、叱る。
相手を小馬鹿にしたようにとは、相手が対応する技術がまだないのを分かっていながら、わざと強めに攻撃したり、「おら、おら」のような挑発する言葉を言いながらやっている状態。
このような時に叱る。
もちろん子供なので、”やっていいこと悪いこと”の判断もまだ成長途中である。
だからこそ”なぜそれをやってはいけないのか”を伝え、成長してもらう必要がある。
多くの武道は自分一人で行う。チームにフォーカスしたり、チームで戦うという事はあまりない(広い意味ではあるのだが)。
練習相手がいなければ自分の成果は見えにくいし、向上もしにくい。
また、相手の技術に勉強させてもらうことも多々あるし、相手に教えることで自分の勉強になることもある。
武道は自分との闘いであるが故に、練習相手の存在がありがたいのだ。
戦国大名・武田氏の軍学書の甲陽軍鑑には、「敵をそしるは、必ず弓矢ちと弱き家にての作法なり(敵を馬鹿にするのは、戦いが弱い家がすることだ)」とある。
組手の相手は”敵”ではないが、言わんとするところは同じであろう。
練習相手を馬鹿にする気持ちは自分の心身を何も成長させない。それどころか、”己を律する”という武道の本質から大きく外れた行い。
子供たちにはぜひ当道場のモットー「空手をする人は強く優しく」を実現してほしいと願う。
そのためには、できる限り言葉で伝えなければ。
言葉が足りない私には、なかなかハードルが高い…コーチングの道は甘くない。